東京高等裁判所 昭和26年(ネ)2120号 判決
控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴人ら代理人において、本件売渡計画取消の日時は昭和二十四年三月十九日であり、被控訴人を売渡の相手方としたことを誤謬として訂正したことは売渡計画の取消処分に外ならない、昭和二十五年四月二十二日被控訴人七合村農業委員会(当時七合村農地委員会)が取消承認申請の議決をしたのは、単に取消に伴い被控訴人栃木県知事の売渡対価徴集事務等の整理の必要上から栃木県農業委員会(当時農地委員会)に対し内部的事務上の関係でその監督指導に服するためになされたものにすぎず、これがなくても取消の効力には影響ないのであつて、いわば右取消処分後の事後処理手続に止まるものである、従つて被控訴人の本訴は明らかに出訴期間を徒過した不適法のものである。仮にそうでないとしても、控訴人栃木県知事が被控訴人に対する売渡通知書を発行したのは昭和二十四年一月五日で、右売渡計画取消の当時には右通知書は被控訴人の手中にはいつていないのであるから、売渡処分は未発生の状態にあり、従つて売渡計画も未確定の状態にあつたものであり、未確定の状態にある売渡計画を処分庁たる村農地委員会が取消すことはなんら違法ではなく、かつ被控訴人はこの取消によつて被害を受けるべき利益も既得の権利も有していなかつたものである。被控訴人は本件農地につき買受の申込をしていないので、これに対する売渡計画は本来無効であつて、本件売渡計画の取消は無効宣言的取消であるから違法事由の発生する理由はなく右取消は適法有効である。控訴人栃木県知事が昭和二十四年一月五日発行した売渡通知書を被控訴人が入手したのは同年十二月二日であり(右通知書は七合村農地委員会事務局に保管中委員会書記が被控訴人の威嚇を受けてやむなく「誤謬訂正済」と鉛筆で記入の上被控訴人の求めるにまかせたものである)、右売渡通知書はその効力発生前に無効となつていたものであるから、控訴人栃木県知事のした売渡処分取消の行為についてもなんら違法性の生ずる余地はない。仮にそうでないとしても前述のように無効の売渡計画にもとずく売渡通知書の交付もまた当然無効であるから、控訴人栃木県知事の本件取消は有効適法である。訴外高瀬貞男の居住する家屋三棟と本件農地の返還との間には交換条件は全く存しない。右家屋は被控訴人先代との間にすでに売買があり単に名義書換が未了となつていたに過ぎず、この名義書換と交換条件をなしたのは本件農地に隣接する被控訴人所有農地の返還であつて、本件農地とは関係なく、本件農地の貸借については被控訴人と右高瀬貞男との間に合意解約はなかつたものであると述べた外、いずれも原判決に事実として記載されたところと同一であるから(ただし、判決原本第二丁裏第七行に同月とあるは四月と、第八行に売買処分とあるのは売渡処分と訂正する)ここにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
別紙目録記載の農地はもと訴外辻三郎の所有であつたが不在地主の所有地として自作農創設特別措置法(以下自創法という)によつて買収となり、栃木県那須郡七合村農地委員会は昭和二十三年七月二日(原判決に昭和二十二年七月二日とあるのは誤記と認める。乙第九号証参照)これを被控訴人に売渡計画を定め、控訴人栃木県知事は昭和二十四年一月五日附売渡通知書を発し右は同年十二月二日被控訴人において交付を受けたこと、右村農地委員会が右売渡計画を定めた後、日時の点はしばらく別として、右計画は誤謬であるとしてこれを取消し、あらためてこれを訴外高瀬貞男に売渡す計画を定め、控訴人栃木県知事も昭和二十五年九月十四日附で被控訴人に対する右売渡処分を取消したことは当事者間に争なく、右七合村農地委員会のした処分はすべて農業委員会法の施行に伴う関係法令の整理に関する法律(昭和二十六年法律第八九号)により控訴人七合村農業委員会のしたものとみなされるとろである。
被控訴人は本訴において右七合村農地委員会のした売渡計画取消処分の取消及び控訴人栃木県知事のした右取消処分の無効確認を求めるところ、控訴人七合村農業委員会は右被控訴人の同控訴人に対する訴は被控訴人が処分を知つてから六ケ月の出訴期間を徒過した不適法なものであると主張するので、まずこの点について検討するに、七合村農地委員会のした右売渡計画取消処分の日時につき、被控訴人はこれを昭和二十五年四月二十二日と主張し、控訴人村農業委員会は右は昭和二十四年三月十九日であると主張するところ、成立に争のない甲第三号証、同第十三号証、乙第十一号証の一、二、同第十四、十五号証、同第十八号証の各記載をあわせ考えると、右村農地委員会ははじめ昭和二十四年三月十九日の委員会において被控訴人への売渡計画は事務上の誤謬であるとしてその訂正について審議したが、正式の手続を経なかつたのであらためて昭和二十五年四月二十二日開催の委員会において審議をし直しその取消に関する正規の手続をとることを決議したことが認められるから、右村農地委員会が被控訴人に対する売渡計画を取消した日は右昭和二十五年四月二十二日と認めるのが相当であつて、同日の決議は決して県知事の売渡対価徴収事務等整理の必要から内部的事務上の事後処理を決定したに過ぎないものとは認めることができない。して見れば被控訴人の本訴提起が昭和二十五年八月五日であることは記録上明らかであるから、右処分を被控訴人が知つた日から六ケ月内であることは自明である。右売渡計画の取消処分については自創法上特別の規定があるわけではなく、もつぱら行政行為の一般的法理にもとずくべきものと解するのを相当とするから、この取消処分の取消を求める訴の提起期間を自創法上の行政処分について定めた特別の出訴期間によらしめることは相当でなく、控訴人もこれを主張するものでなく、右は行政事件訴訟特例法の定めるところによるべきものと解するから、この意味で被控訴人の本訴は不適法ではないとしなければならない。
よつて本案について審理するに、被控訴人は、村農地委員会の右売渡計画取消の処分及び控訴人栃木県知事の右売渡処分の取消処分は、すでに確定した行政処分を誤謬の名の下に取消変更するものであつて、これは法の認めないところで、いわゆる一事不再理の原則に反するから違法である。元来本件農地はもと訴外辻三郎の所有であつて被控訴人は先代以来引続きこれを賃借して小作して来たが、その後被控訴人は応召したのでやむなくこれを訴外高瀬貞男に一時的に転貸したのである。かような一時的な転貸小作地は本来の小作者である転貸人に売渡すべきで、転借人に売渡すべきものでなく、まして本件の場合右高瀬貞男は被控訴人の復員後合意の上これを返還しているのでこれを被控訴人に売渡すのは当然であつて、当初の売渡計画は正当のものである。しかるに右高瀬貞男は村農地委員会に対しこの土地を被控訴人に無理に取上げられたと偽り、応召のための一時的転貸借であることを秘して買受けの申込をし、右委員会はこれを受入れて事実について審議することなく、さきの売渡計画を取消しこれを右高瀬貞男に売渡す旨の売渡計画を定めたもので、全く違法の措置たるを免れない。この違法な売渡計画取消を前提としていた控訴人県知事の売渡処分取消もまた無効であると主張する。
思うに自創法による農地の売渡は、国が同法の目的とする自作農創設のため農地の所有権を耕作者に与える一連の手続であつて、市町村農地委員会の定める売渡計画は、売渡すべき農地並びに売渡の相手方、時期及び対価を決定するもので、それ自体直ちに私人に権利を設定するものではないが、自創法による売渡手続の基礎をなし、その後の手続はこれから発展する一の行政処分であり、これに売渡の相手方と定められた者は都道府県農地委員会の承認及び都道府県知事の売渡通知書の交付をまつて、当該農地を取得すべき法律上の地位を得る関係にあり(従つてこれに対し独立して不服申立を許すのである)、また、都道府県農地委員会の承認を経た売渡計画により、売渡の相手方に対し売渡通知書を交付してする売渡処分は、それによつて直ちに私人に所有権を取得させる行政処分であり、このように私人に権利ないし法律上の地位を設定する行政処分は、処分庁の自由裁量によつて、何時でも任意に取消変更し得べきものではなく、さきの行政処分が法律上瑕疵あるものである場合に限つて適法有効に取消し得べきものと解するを相当とする。
控訴人らは、自創法上農地の売渡処分は行政行為でなく、単に行政上の管理行為の一種である公法上の契約であつて、またその処分の効果を発生させる手続中の一段階にすぎない売渡計画には一事不再理の適用はないと主張するが、この見解は相当ではない。また控訴人らは、本件において控訴人知事が売渡通知書を発行したのは昭和二十四年一月五日で、売渡計画取消当時は右通知書は被控訴人に到達せず、売渡処分は未発生の状態にあり、従つて売渡計画も未確定の状態にあつたものであるから、これを村農地委員会が取消すのはなんら違法ではないと主張するが、売渡計画はそれ自体一の行政処分と解すべきことは前記のとおりであつて、仮にこれに基く知事の売渡処分が終つていないとしても、その故に直ちに何時でも自由に取消し得べきものとはならないのみでなく、右売渡計画取消の日は前認定のとおりであるから、被控訴人が県知事の売渡通知書を受領した後に属することは明らかである。従つてまた、控訴人らの、控訴人知事の被控訴人に対する売渡通知書の交付による売渡処分はそれ以前の売渡計画取消により当然無効になつていたものとの主張も、同一の理由により失当である。
よつて本件において村農地委員会が被控訴人に対する売渡計画を取消した理由について検討する。前記乙第十五号証、同第十八号証、成立に争のない乙第十六号証、同第十八号証、甲第十二号証の二の各記載をあわせ考えると、村農地委員会においては本件農地については、昭和二十年十一月二十三日当時の耕作者は訴外高瀬貞男であるのに農地台帖上は誤つて被控訴人名義に登載されていたため、買収当時の耕作者である被控訴人に売渡す計画を定めたところ、後にこの誤謬を発見し、耕地不足の右高瀬貞男に売渡すのが適当であるとして、被控訴人に対する売渡計画を取消したものであることが認められる。しかしながら、不在地主の所有地として買収された農地の売渡の相手方は、第一順位として買収時における適法の耕作者であつて、当該農地の買収の時期と昭和二十年十一月二十三日(指定日)現在とにおける耕作者が異なる場合においては、市町村農地委員会が都道府県農地委員会の承認を受け買収時の耕作者に売渡すことを不適当と認めた場合に限り、右指定日現在の耕作者に売渡すことができるものであることは、自創法施行令第十七条の定めるところである。従つて単に買収時の耕作者と指定日の耕作者が異なることを後日発見したという一事をもつて、さきに定められた売渡計画を取消すことは許されないわけであつて、買収時の耕作者に売渡すことが適当でないと認めるにつき相当の理由がなければならないのである。従つてまた、買収時の耕作者に売渡すことが当然に不適当で、指定日の耕作者に売渡すのが適当である場合の外は、右農地台帖上の誤記にもとずくことをもつて、行政処分の内容に錯誤があるものと解することはできない。しかるところ、本件農地は被控訴人方の賃借地であつて、昭和十九年三月訴外高瀬貞男がこれを転借して耕作していたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の一、二同第二号証同第六、第七号証、同第十一号証の各記載、原審における証人高瀬ワカの証言及び同被控訴人本人訊問の結果をあわせ考えると、右農地は大正四、五年頃被控訴人の先代高瀬森次が所有者辻三郎から賃借し、当初山林及び原野であつたものを開墾して農地とした上これに接続する右森次所有の土地とともに引続いて右森次において耕作して来たもので、右森次が昭和十一年に死亡した後は一時他に転貸したことがあつたが、昭和十六年度からは再び被控訴人方において耕作するようになつたが、同年七月一日被控訴人が応召することとなり手不足を生じ、人手を頼むことも漸次困難となつたので、昭和十九年三月親戚の高瀬貞男に対し被控訴人方の所有地とあわせて合計七反歩としてこれを転貸耕作させたもので、その後被控訴人はその復員後昭和二十一年三月頃右貞男に対し右所有地及び本件農地の返還を求めたところ同人がこれを承諾したのでここに右転貸借及び賃貸借につき解約の合意が成立し、同年の稲刈終了後その引渡を受けたものであることが認められる。(成立に争のない甲第九号証によれば、昭和二十四年十月十一日に被控訴人と右貞男との間に建物に関する取極めがなされていることが認められるが、成立に争のない甲第二十号証の二の記載、原審における証人高瀬貞男の証言及び同被控訴人本人訊問の結果によれば、被控訴人は前記合意解約の際被控訴人所有名義で右高瀬貞男の居住使用する家屋三棟につきこれを無条件で右貞男名義に変更することを約したが建物の名義変更の手続を怠つていたので、右貞男の要求により、あらためて右の日に建物については自創法上の買収売渡の形式によつて移転を行うこととし、これについて取きめをしたものであるにすぎないことをうかがい得るから、同証の存在は前記認定に影響を及ぼすものではない。)成立に争のない甲第一号証の二乙第二十号証の二同第二十一号証の二の各記載及び前記証人高瀬貞男の証言中右認定に反する部分は信用できない。
しからば被控訴人と高瀬貞男との間の転貸借は被控訴人の応召のための一時の転貸借であつたものと認めるのが相当であり、また右買収当時被控訴人が適法に返還を受けて本件農地の耕作者であつたことは明らかである。このような場合の農地は自創法第五条第六号の趣旨に則り、かつ、自創法上第一順位にある被控訴人に売渡すのが相当であり、控訴人らの前立証によつてもまだ被控訴人に売渡すのが不適当であることは認められない。従つてまた、村農地委員会が指定日現在の耕作者を誤認したことは、その売渡計画の内容に錯誤をもたらしたものとも解することはできない。控訴人らは、被控訴人は本件農地につき買受の申込をしていないと主張するけれども、成立に争のない甲第十号証同第十二号証の二の各記載によれば本件買収売渡の当時村農地委員会は村内一般に農地の買受希望者から買受申込の書面を徴することなく、農地について一筆毎に調査した上耕作者を農地台帖に記載することによつてこれに換えていたことがうかがわれるところであつて、この方式は自創法施行規則に定める方式に則つたものではないが、これによつても農地買受の希望者において当該農地を買受けたいとの趣旨が表示されることは否定できないところであるから、単に施行規則(自創法第十七条そのものは買受の申込についてその形式を定めるところはなく、またこれを命令に委任してもいないのである)の定めるところと異なる方式によつたとの一事によつて、自創法の要求する買受申込がなかつたものとすべきものではない。従つてまたこの理由によつては右売渡計画が当然無効であり、又は取消し得べきものとは解することはできない。売渡処分についても同様である。しからば、村農地委員会が当初定めた本件農地売渡計画は正当のものであつて、なんら法律上瑕疵あるものとは認め難いから、村農地委員会は自らこれを取消すことはできないものであり、従つてそのなした取消処分は違法でその効力を生ずるに由ないものである。被控訴人が右取消処分の取消を求める本訴においては、その請求の範囲内において右取消処分の取消を命ずべきものである。従つて控訴人県知事が右売渡計画の取消を前提としてした売渡処分の取消も違法であつて無効に帰するものというべきである。
控訴人らは、仮に売渡計画が違法であるとしても本件農地はすでに昭和二十五年十二月二日附で訴外高瀬貞男に売渡処分を終え、昭和二十六年一月五日その登記も完了しているのであつて、しかも被控訴人はいわゆる解放地主であり、右高瀬貞男は本件農地以外に水田が全くないこと等から見ても、右取消処分は結局正当であるから行政事件訴訟特例法第十一条により被控訴人の請求は棄却さるべきものであると主張するけれども、右高瀬貞男に対するその後の売渡手続は本件訴提起後に強行されたところであり、前認定のような本件事実の下においては、村農地委員会の本件売渡計画取消処分を取消すことが公共の福祉に適合しない場合とはとうてい認めることができないから、控訴人らの右主張は採用することができない。
よつて被控訴人の本訴請求を正当として認容し、これと同旨の原判決は相当であるから本件各控訴はいずれも理由のないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十三条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 薄根正男 浅沼武)
(目録省略)